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2003.02.09[日]更新
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日々雑感 - DoromPATIO
■ 感動した食べ物
何事につけ好き嫌いは激しい方であるが、流石に49年も生きて来ると人間関係については多少は妥協するようになる。妥協を知らなかった学生時代は酷いもんで、だから卒業アルバムにはマジックで塗りつぶしたページやカッターで切り抜いたページがあったりする。今ならMacのデータを削除するだけで足りるから楽だが【苦笑】。

それはさて置き、人間関係と違って、食べ物の好き嫌いは歳を取れば余計に徹底できるのが嬉しい。子供のうちは親が五月蠅いし、成長期なら自己管理の問題もある。しかし49歳ともなれば食べたいものだけを食べればよいわけで、嫌いなものは絶対に食べない。何が好きで何が嫌いかは別のページに詳述してある。NTVの「思いっきりテレビ」の信奉者などの健康オタクなら別だが好きなものを好きな時に好きなだけ食べ、逆に食べたくない時には何にも食べないのが健康の秘訣と考えているので思い通りに出来る今の環境はベストである。

バブル期以降ずっとグルメブームが続いており、最近はそれが安価なグルメ、価格破壊なグルメに変化してきたが、フランス語のグルメ(美食家)はグルマン(大食漢)と実は同じ意味だそうで、つまりグルメは必ずグルマンなのだ。
そりゃそうである。旺盛なる食欲がない限り、フランス料理のフルコースなんて食べ切れるもんじゃないのである(日本で食べるフランス料理は味以前に量が違う=本場よりも全然少ない=と言うことをお忘れ無く)。
その意味で筆者はグルマン=大食いではないから、つまりグルメでもない。しかし幸いにしてうちの母親は料理がうまいし、その割には両親とも外食好きなので子供の頃から色々なものを食べたから美味い不味いは完璧に分かる。遺伝的に酒も強いので酒の味も分かる。
しかし食べたいものを求めて旅行したり行列したりする趣味はない。
だがしかし美味しいものは美味しい。不味いものは不味い。不味ければ食べない。平気で全部を残したりもする。外食の場合、金を払っている方が偉いんだから、食べたくなければ食べる必要はないのである。
そんな中でも感動するほど美味しいと思ったものはしっかりと記憶に残る。それにこだわり続ける気はないが色々な場面で本当に美味しくて感動した食べ物について少々書いてみよう。

かれこれ20年近くマツダの仕事をしているので広島市への出張は延べで100回は軽く越えている。広島と言えば広島風お好み焼きと紅葉饅頭と牡蛎と瀬戸内の新鮮な魚だが前二者はどうでもいい。瀬戸内の海産物は本当にうまいのである。
さて、ある時、ある人と、市内の見た目は余りぱっとしないカウンター式の海鮮料理屋さんに行った時のことである。当然のように生牡蠣や色々な魚(←本来肉食なので魚の名前は全然分からない)を美味しく食べたのだが、暫くして適度に日本酒の酔いも回ってきた頃に特別な一品というものが出てきた。
それが禁断の河豚肝であった。
河豚料理は歌舞伎役者の板東三津五郎が中毒死してから、調理師が調理したものでも肝は食べられなくなったのだが、その河豚肝である。つまり完全に違法。日本国内ではお客に出しちゃいけないのである。
店主曰く三日三晩水道水で晒せば毒素は完全に除去できるとのこと。但しどうやったところで違法なことに変わりはないのだから知り合いにしか出さない超・特別料理なのである。こればっかりは絶対にテレビのグルメ番組に登場することもないわけだ。
元々アン肝は大好きだし、フォアグラも勿論好きだから、これは食べない手はないと言うことで(それでも最初はおそるおそる)箸で小片を口に運んでみた。
すると………美味い!半端じゃなく美味い!
アン肝なんか比較にもならない。コクがあってまったりとしていて、しかし後味はサッパリしいている。あっと言う間に小鉢の中の河豚肝は胃袋に収まってしまった。しかも筆者はこうして今も健康に生存している。
かくて、日本の歴史の中で何度も禁止令が出たのにも関わらず、調理法を間違えたら命を失うというのに、それでも河豚料理が愛されてきた理由が分かったのだった。
しかしである。肝以外の河豚料理と言えば、河豚差しはあっさりさっぱり食感を味わうだけのものだし、河豚ちりは骨の中から身を探すのに苦労するだけだしってわけで、別にどうってもんじゃない。文字通り河豚料理の肝心要=醍醐味とも言える河豚肝を食べることが違法だというのは何とも全く滅茶滅茶矛盾した話なのだ。

フランスにはミシュランガイドがありレストランが公平客観的に格付けされている。しかしミシュランガイドに出ていないが美味しいレストランだってある。その代表がパリはオランピア劇場の近くにある海鮮食材・総菜店の二階にある。
当時の西武百貨店のパリ駐在部の知り合いの人に連れて行って貰ったのだが、そもそも、このレストランはレストランであってレストランではないのだという。その意味は食べてみて分かった。
行ったのはお昼時。店内は満員。どの客もかなり高級な感じ。そしてメニューを見る。そこには「キャビア・イクラ・生牡蠣・サーモン」だけのリストが並んでいる。しかも、それぞれ産地と値段でランク付けされているのである。日本に置き換えて言えば、マグロが産地別にリスト化されていると思えばよい。だから値段の開きはかなりある。それぞれのリストの一番上=最高級品=はびっくりするような価格である。比喩的に言えば、リストは銀座の鮨屋と錦糸町の回転寿司ぐらい幅があるわけだ。
幾ら旅先では貨幣価値がインフレを起こす日本人とは言え、ものには限度があるので、滅多に食べない食べられないキャビアに重点を置いて、全体に中の上ぐらいの価格帯で注文を済ませた。
この後が日本人の食文化の想像を超える。
いかにもフランス的な狭いテーブルに生牡蠣、キャビア、イクラ、そしてサーモンが並ぶ。それと同時に何枚でも追加自由のクレープと、テーブルの上でコンロで暖められている溶かしバターのボール。別のカップにはたっぷりの生クリーム。そしてフランスパン。飲み物は勿論、シャンパン。
つまり自分の皿の上でクレープを広げ、そこにキャビア、サーモン、イクラを選り取りみどり好きなだけ盛り上げ、たっぷりの溶かしバターと生クリームを掛けて食べるのである(勿論、生牡蠣だけはレモンをかけてそのまま食べる)。
日本人がこう言うものを食べるなら醤油をかけるかイクラ丼ってことだろうが、フランス人はこれでもかこれでもかのコレステロール・オンパレード大会で食べるわけだ。
しかし、これが美味い。当然、滅茶滅茶くどい味になるが美味いことだけは確か。成人病の人は指をくわえて見ていなさいってな感じである。しかも、幾らくどいと言っても、シャンパンの清涼感が口の中を洗ってくれるから、次から次へとクレープ包みが胃の中へ収まって行く。どう考えたって塩分過多、脂肪過多でもある。しかしとにかく、こりゃ美味い。こう言う食べ方もあったのかと言う新鮮な感動である。
この食べ方は結構、強烈な印象が残ったので、後日、日本に帰ってきてからも試してみた。ところがフランスで食べたような感動がない。素材の違いではない。気候(主として湿度)の違いと、そして日本にいるならイクラ丼や寿司の方が美味しいからである。日本で食べるならご飯と醤油の方が合うのである。
なお筆者は胃腸はとっても丈夫な方だが、パリでたっぷりと食べた後は二日ほど胃腸がもたれた。当たり前と言えば当たり前である。
さて、では何故ここがレストランであってレストランでないのか?
それは、ここの料理がフランス料理のテーゼからは料理と認められないからである。何故ならフランス料理は調理主義であって素材主義ではないからなのである。素材の味をそのまま味わうのはフランス料理ではないのだ。
勿論、我々日本人としてはそんなことはどうでもいい。
なお、我々はお昼から3時までこのレストランにいたが、お店的には一回転しかしなかった。つまり、みんな2時間以上のランチを平然と楽しんでいたのだ。他の客はハイソなビジネスマンと言う感じであるが、フランス人はやはり仕事よりグルメ、グルマンの方が大事なようなのである。

東京で最高のステーキを食べたいと思ったら日本橋の「誠」がベストである。日本橋三越の銀座寄りの角の信号を渡って昭和通り方向に向かい、数本先の路地を左折した先にある。看板は出ていない。だから普通は場所が分からない。常連と紹介客は一階のカウンター席(10席ぐらいしかない)に通されるが、一見(いちげん)さんは二階に行かされちゃう。カウンターは白木で店主は梅宮辰夫のような顔をしていて、全体の雰囲気はまるで鮨屋である。カウンター席のお客の背後の壁際には数名のおばちゃんが無言で立っており、完璧なもてなしを施す。長島茂雄も常連というこの店は余程リッチでない限りは自腹で行ける店ではない。しかし、ここでステーキと牛刺しを食べると、暫くは他の牛肉は食べられなくなる。それ程に桁違いに上質の牛肉が食べられる店である。
このクラスの店の場合、使用する牛肉は「一頭買い(飼い)」と言って、最初から松阪などの産地でそのお店専用に育てられる。東京の市場は日本で一番美味しい食材が集まるが、その中でもベスト中のベストの牛肉が「誠」に来るわけである。
最初は牛刺しを食べる。一頭から200gしか取れないそうである。極上の霜降りで口に入れた途端に溶けてしまう。
ここから先は店主お任せとなる。何故ならその日入荷した牛肉によって「今日はフィレよりサーロインがいいです」など、店主にしか分からない機微があるからである。ステーキの前の海鮮を食べたい場合もアワビや海老などは店主に任せた方が良い。何を食べたって抜群なんだから。サイドメニューは自家製のキャベツのサラダ(特製和風コールスローとでも言うべきもの)であるがこれがまた美味い。
そしてステーキである。この種の店では焼き加減をお客が好みで指定するなんてプロセスはない。レアに決まっているからである。ウエルダンでステーキを食べる奴は本当の和牛を食べる資格がないのである。そして「誠」のステーキは、わさび醤油で食べる。
そうなのである。やっぱりここは鮨屋感覚なのである。それにしても美味しいのだ。お話にならないぐらい美味いのである。ああ何とボキャブラリーの貧困なことか【涙】。
そして最後に自家製の牛肉の佃煮入りのお粥。これがまた絶品。筆者はお粥が大嫌いなのだが、これだけは美味しいと思う。食後はこれまた自家製のアイスコーヒー。非常に濃い。上には生クリーム。しかしサッパリとした食後感を約束する。お見事。
但し値段もお見事であり、恐らく(自分で払ったことはないから詳しいことは分からないが)一人前4〜5万はする。
なお、この「誠」が常連客の予約注文分だけを作る年末恒例のローストビーフがこれまた絶品逸品どうにもなんないぐらい美味しい。これを食べたら、かの有名な鎌倉山のローストビーフが安物のチャーシューのように感じられる(実際、正月に食べ比べたことがある)。しかし、その値段は1kg=10万円である【苦笑】。
但し救いがある。高級ステーキハウスでは調理中にステーキ肉から余計な脂肪や筋肉などをどんどんと切り取る。毎日なら結構な量になる。それを使ったカレーがあるのである。このカレーは、このお店の斜め向かいの店でランチに食べられる。値段もリーゾナブル。味は勿論、抜群である。そりゃそうだ。日本最高=世界最高の松阪牛の極上のアミノ酸=うま味成分がそのまんま反映したカレーなんだから世界一美味いのである。

前述の広島出張で散々っぱら広島名産生牡蠣を食べているし、牡蛎船(広島市内を流れる太田川に浮かんだ船が料亭なのである)での牡蛎づくしも賞味したが、最高の生牡蠣は日本海産に限る。
レナウンで仕入れ担当をしている時に新潟や富山の産地(繊維製品の工場のこと)に何度も出張に行ったのだが、五泉と言う鄙びた温泉町の狭くて汚い小料理屋で食べた日本海産の酢牡蛎にはびっくりした。その牡蛎は腹が馬鹿でかくて中ぐらいの小鉢一杯の大きさがあるのだ。それまで広島系の小振りの牡蛎しか知らなかった筆者は思わず店主にこれは何ですかと聞いてしまったぐらいである。
そして食べた。
牡蛎は「海のミルク」と言われるが、そのでっかい腹を食べて口の中一杯に広がるジューシーで濃厚な味は正に「海のミルク」そのもの。結局、小鉢をおかわりしてしまったのだった。
牡蛎は東京でも広島でもパリでもサンフランシスコでも食べたが、日本海産が間違いなく桁違いに美味しい。日本海産が牡蛎と言う食べ物なら、他は牡蛎じゃないと言うぐらいに違う。但し小振りの普通の牡蛎は牡蠣フライにすると美味しいが。

東京の人間は麺類の喉越しは日本蕎麦で味わうのが基本であった(今ならラーメンになるだろう)。だから東京のうどんは餅に近い感触であり喉越し云々ではない。
そんなわけで、東京生まれの東京育ちである筆者が、稲庭うどんや讃岐うどんなどの腰が強いうどんを初めて食べた時には新鮮な感動を覚えた。だからと言って、関東風鍋焼きうどんも未だに好きであるが、関西系の人の場合はこう言う食感はぐちゃぐちゃしていて駄目らしい。
筆者は父方が江戸っ子系で母方が関西系なので、食の守備範囲が広いのである。

昭和27年生まれの筆者の子供の頃の記憶では、ご馳走と言えば百貨店の大食堂で食べるお子さまランチだった。小学校6年生が東京オリンピックであるが、今と比べればまだまだ日本は貧しかった。当時の我が家は借家住まいの普通のサラリーマン家庭であったから夕食で一番身近な野菜はもやしの炒めものだった。なんたって安いからである。そんな時代の日本の加工食品は魚肉が基本で、ソーセージと言えば魚肉ソーセージだった。ちなみに日本水産が魚肉ソーセージを発売したのは筆者が生まれた1952年である。当時だぶついていたマグロの有効利用を図ったもので、この理由からして隔世の感がある。
それからかなりの時間が経過してシャウエッセンの本格ソーセージが発売された時に、それをフライパンで炒めて食べた時は新鮮な感動を覚えた。もしもこれがソーセージならマルハのはソーセージではないではないか。但し、たまぁ〜に食べると魚肉ソーセージはそれなりに美味しいにも事実だが。
追記:そのシャウエッセンの日本ハムが牛肉偽装事件でガタガタのグチャグチャになっちゃった。かくて二度とシャウエッセン・ソーセージは食べません【きっぱり】。

同じく、子供の頃。筆者はチーズが大嫌いだった。それは、当時普通の家庭で手に入るチーズと言えば雪印の三角チーズであり、その三角チーズが固くて粉っぽくて不味かったからである。一般的な日本人にとっては、それがチーズであり、だからチーズはまともな舌の持ち主なら間違いなく不味いものだったのである。これは外国人が賞味期限切れの木綿豆腐しか知らないようなものだろう。
これ又、それから何年もしてから、本物の、しかも驚くほど色々な種類のチーズがあることを知り、その中にはやっぱり不味いものもあるけれども、逆にびっくりするぐらい美味しいものがあることも知った。特にクリーム・チーズ系には感動した。筆者は粉っぽい食べ物は大嫌いなのである。だから雪印の三角チーズは嫌いなのだ。ところがクリーム・チーズはバターみたいなのである。筆者はバターはそのまま食べられるぐらい好きなのだ。

と言うわけで、昭和30年代までは一般庶民が外国の食べ物の本物を知らない時代だったのだ。だからスパゲッティと言えば、それはスパゲッティ・ナポリタンかスパゲティ・ミートボールを意味した。スパゲッティは柔らかかったが、それが当たり前だと思っていた。味付けは何でもかんでもケチャップだった。
やがて東京オリンピック後の高度成長期に入り、本物の味が食べられるようになった。それで初めてアルデンテなスパゲッティ、オリーブオイルのスパゲッティを知った。パスタという言葉も知った。
美味しかった。
なお聞くところによるとイタリアにはスパゲッティ・ナポリタンというものはないそうである。東京に東京蕎麦と言うものがないのと同じだろう。そもそもイタリアでケチャップをそのまま使うはずもない。

日本的まがい物という意味で最も酷いのは「赤玉ポートワイン」と「蜂ハニーワイン」だろう。今や東京では絶対に見かけないが、10年前にマツダの生協で見つけた時は驚き呆れた。世の中は既にワインブームだったからである。
とにかく、子供の頃にワインと言えば「赤玉ポートワイン」だった。甘ったるい濃いめのブドウジュースみたいなものだったが、アルコール度数が低いせいかどうか、小学校の時から飲むことを許されていた。
しかし今となってみれば、あれはワインではない。だから最初にちゃんとしたワインを飲んだ時はやはり感動した。
サントリーレッドが絶対にウイスキーではないのと同じく、貧しい時代の日本(の企業)は、ずいぶんと酷いものを消費者に提供していたわけである。
ついでに言えば、キリンの元々の瓶ビール(キリン・ラガー)も酷い。あれは日本人の味覚に合うようにと言うことで米麹を混ぜてあり、和食に合うように苦みも強くしてある。その結果、今現在で60歳以上の日本人はあれがビールだと刷り込まれているのである。つまり本物のドイツ・ビールとは似ても似つかぬものをビールだと思っているわけである。本物のドイツ・ビールはもっと甘みがありコクがある。苦みは質が違う。そしてドイツにはビール純粋令と言う法律があり、ビール酵母以外は一切、混入しては行けないと決められているのである。
更に蛇足的に加えれば、日本人が発明した史上最低の工業製品は味の素だろう。あんなもの要らない。

話があらぬ方向に発展してしまったが、食べ物に限らず、人間の価値観を正しく醸成するには、まず本物を目に口に鼻に耳にしなければいけないことだけは確かである。
但し、何にも分かっていない若い女性がいきなりエルメスを手にしたり、初心者マークがいきなりポルシェに乗ることとは全く意味が違うのだが。

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