トータル・フィアーズ:テクノスリラー・ノベルの第一人者であるトム・クランシー原作の「The Sum of all Fears(小説の邦題は「恐怖の総和」)の映画化作品。既に「レッドオクトーバーを追え」「愛国者のゲーム(パトリオット・ゲーム)」「今、そこにある危機」が映画化され、それぞれヒットしているので安心して見ることが出来る作品。今度のジャック・ライアンは「パール・ハーバー」などで人気の出たベン・アフレックだが、どうやったって知的には見えないタイプだから軍事アナリスト(分析官)であり歴史学博士でもあるジャック・ライアン役としては妥当ではない。一番填り役だったのは「レッドオクトーバーを追え」の時のアレック・ボールドウィンだと思うのだが、この作品ではラミレス艦長役のショーン・コネリーに完全に喰われてしまった。原作ではラミレス艦長は端役なのだがショーン・コネリーの存在感は強烈だったわけで、つまりアレック・ボールドウィンは不運だったわけである。その後の二作品はハリソン・フォードで、だからこそ映画はヒットしたのだが、彼も原作のジャック・ライアンとは明らかにキャラクターが異なる。
それはさて置き、映画としての「恐怖の総和」(筆者にはこの方がピンと来る)はなかなか良くできた軍事サスペンス映画で1,800円払って観る価値あり。例によって例のごとく暗い役のモーガン・フリーマンもいい味を出している。
但し原作とは全くプロットが違う。これは仕方がないだろう。映画的には良くできた脚本と言えるのではないか。製作総指揮が原作者のT・クランシーなんだから納得ずくのプロットだろうし(原作は直接アメリカを標的とした複数の脅威=恐怖が同時多発するというストーリー)。
場面転換時に必ずそのエリアの空撮シーンが使われるが、これは明らかに軍事偵察衛星を連想させる演出となっており、広域画像なのに異常な程、細部までばっちり写っているのが凄い。
但し原爆爆発のシーンの後はハリウッド的ご都合主義の連続。そもそも原爆の爆風で吹き飛ばされた大統領専用車から助け出された合衆国大統領と、同じく爆風で墜落したヘリコプターから脱出したジャック・ライアンが平然と生存し活躍するのは明らかにおかしい。世界で唯一、実際に核兵器を使用したことがある国の映画の能天気さに呆れてしまう。
また原爆爆発後の米露の誤解からロシア軍が米国空母を攻撃するシーンは米国の防空体制から有り得ないし、そもそも米国の防空システムから考えて地上爆発した原爆を巡航ミサイルと誤認することは有り得ないのだが、この辺も映画的ご都合主義らしい。原作にはこう言う矛盾は一切無い。筆者としてはトム・クランシーが文句を言わなかったが不思議である。
なおラストシーンは秀逸で、次回作は「クレムリンの枢機卿」を予測させる。 |